奥羽巡幸
史上初の奥羽巡幸は成功に終わった、と言っても良いだろう。
私にとって東北は・・・特に会津は因縁浅からぬ土地だ。
道中の戊辰の戦死者の墓や薩長の兵士の墓を見ると、体の芯から湧き出る感情が―・・・嗚呼、在り苦し。
しかし現地入りすると、そんな思いを吹き飛ばすような光景が広がっていた。
「何だかお祭りみたいでしたね」
私の言葉にパイプで煙草を吸っていた大久保は黙って顔を僅かに上げた。
奥羽巡幸に先駆け現地で指揮していたのはこの男だ。
こんな無口で、ともすれば陰鬱な男があの絢爛な迎え方を指示したかと思うと面白い。
「晴れましたね」
「ええ」
大久保の言葉に私は頷く。
青森では雨が降り続き、民は冷害に苦しんでいた。
それが御車が県下に入った途端、雨が降り止み晴れ渡ったのだ。
「運が良かった」
あくまで淡々と紡がれる台詞に溜め息を吐いた。
「そういう風にしか考えられないのですか、貴方は」
私はパイプからくゆる煙を眺めて言う。
「陛下の御力、で良いではないですか」
吸い口から唇を話した大久保はその独特の靴音を響かせて、
「彼らがそう思っているなら私としてはそれが最良です」
ふうと紫煙を吐き出し灰皿を手にした。
私はこの香りが好きではない。
霧がうっすらかかったようなこの部屋は息が詰まりそうだ。
「彼方の空気は澄んでましたね」
大久保が背にしていたこの部屋の小さな窓を開けて私は言った。
「・・・随行させて頂いて、本当に良かった」
東北で見たもの程立派ではないが、窓からは松の木が見えた。
あわれ松や、千とせの君のきぬがさなれと、ことぶきて
大君の立寄ましし蔭なれば衣笠とこそいうべかりけれ